アリ幼虫食のクモは、アリ幼虫を食べることでアリに擬態していた!?

  • 好蟻性昆虫と化学擬態

アリなどの社会性昆虫のワーカーは、コロニー内に侵入した身内でないものを攻撃して排除しようとする。身内の識別には、コロニーの臭いというべき化学物質が用いられている。自分たちのにおいと異なるものが侵入してくると、それらを認識して攻撃を加えるのである。

しかし、アリの巣内には多くの他のアリではない動物たちが生息している。これらの中には形態,化学,行動的擬態することでコロニーに侵入し、アリ巣内で安全に暮らしたり、アリから餌を頂いたりして、アリを捕食するものまで存在する。こういった動物たちを好蟻性動物(Myrmecophiles)、または蟻客と呼ぶ。*1こういった好蟻性動物たちの化学擬態には、アリの表皮に分泌されている炭化水素成分(cuticular hydrocarbon: 以下CHCと略す)が特に重要であると考えられている。
ホストとなるアリのCHCを得るには
1. ホストと直接接触する(アリから奪い取る)
2. 予備的な生合成(自分でつくる)
というやり方が知られてきた。今回紹介するオーストラリアの論文ではこの二つとは異なるやり方で擬態しているかもしれない動物が登場する。そのやり方とは
3. 餌(ホスト)を食べることで、そこから擬態用CHCを得る
ということである。

  • 今回の紹介論文

Elgar MA & Allan RA (2004) Predatory spider mimics acquire colony-specific cuticular hydrocarbons from their ant model prey. Naturwissenschaften 91:143-147

  • 研究材料

ツムギアリ Oecophylla smaragdina (ツムギアリ写真)
幼虫が吐いた糸で葉をつなぎ合わせた巣を樹上に複数つくり、ワーカー50万個体を有するコロニーとなる。ワーカーは非常に攻撃的で、遭遇した節足動物に攻撃しつづけるため,コロニーのある木では昆虫の数が減るという。詳しくは書かないが、その生態だけでもかなり面白いアリである。

ハエトリグモの1種 Cosmophasis bitaeniata (クモ写真)
上記のツムギアリの巣内に生息する。子グモはアリ幼虫のみを食べて育つ(絶対捕食者: obligate predator)。成虫も他の餌よりアリ幼虫を好む。

  • 研究の目的

このクモはツムギアリの巣へ侵入するために化学擬態を用いることが知られている。またホストごとにCHCに含まれる物質の組成が異なることも知られている。では、このクモはどのようにCHCを獲得しているのだろうか?
この研究は主に以下の二つについて調査した。
CHCを維持するために物理的な接触が必要なのだろうか? → 実験1
異なるコロニーの幼虫を食べたクモはCHCプロファイルが変わるのか? → 実験2

  • 実験1:隔離したクモのCHC組成

ツムギアリの巣から採集して5ヶ月間隔離飼育したクモと、巣から採ったばかりのクモの表面物質について、それぞれGC*2で測定した。するとそれらに含まれている成分は非常によく似ていた。つまり、ホストアリから離れていてもCHC成分が失われない、と考えることができる。

  • 実験2:コロニーごとの餌アリ幼虫とクモのCHC

アリ幼虫とアリ幼虫を与えて育てたクモのCHCについてGCで測定した。
1.アリ幼虫(=餌):3つの異なるコロニーから幼虫を採集しGCで測定。
2.クモ:3匹のメスグモ成虫を野外で採集し、卵を3セット産ませた
ツムギアリコロニーを3つ採集し、卵ごとに別のアリ幼虫を餌として与えて飼育した
こうして育ったクモ成虫CHCをGCで測定した。

ツムギアリ幼虫のCHC組成の変異はその元のコロニーごとに類似していた。つまり,アリ幼虫のCHC組成はコロニーごとに異なる、と考えられる。
アリ幼虫を食べて育った子グモのCHCは消費した幼虫の元コロニーごとに類似していたが、子グモの元の母親ごとにはそれほど似ていなかった。つまり、クモのCHCは母親でなく、アリ幼虫に由来すると考えることができる。

  • 考察

・どのようにCHCは餌からクモに移るのだろうか?
1.大顎から直接接触している可能性
餌のアリ幼虫を食べるときにはアリ幼虫の表皮に必ず接触する。接触したCHC成分をクモが自分の体に塗りつけるという考え方。
2.餌アリの血リンパ*3炭化水素が直接クモの体表に移っている可能性
餌を食べた後に、それがクモの体内を通って表皮に分泌されるという考え方。
1番目は確かに起こりうるが、メカニズム自体はこれまで発見されているものとは大差ない(ホストと直接接触することによるCHCの奪い取り)。もし2番目のメカニズムが働いているとすれば、これは前代未聞であろう。食べた相手の成分を吸収分泌することで、さらに擬態を続けるという、非常にユニークな擬態方法が世の中に存在することになるのである。
残念なことに今回の論文では1と2のメカニズムのどちらが有望であるかについてはまったく検証されていない。著者らは、「多くの昆虫の血リンパにおいて、その昆虫の体表炭化水素と同じもしくは類似した組成の炭化水素が発見されている。そしてこれらは直接その昆虫表皮に移りうる」と述べている。2番目のメカニズムはありえない話ではないのだ。今後のこのグループの研究成果が楽しみである。


# それにしても擬態相手を食べてさらに擬態を続けるとは…。怖い生物がいるもんですなぁ。今回のは化学擬態ですが、他の擬態で想像してみると(例えば視覚擬態)怖さが分かります。相手の子供を食べることでどんどんそっくりになっていくんですよ!

*1:有名なものにはアリスアブ(双翅目)・アリヅカコオロギ(直翅目)・ゴマシジミ(鱗翅目)の仲間がいる。それぞれ違ったやり方でアリの巣内に侵入し面白い生活史を持っている。

*2:ガスクロマトグラフィー(Gas Chromatography, GC):クロマトグラフィーの一種、気化しやすい化合物の同定・定量に用いられる機器分析の手段。今回はCHC成分の分析に使用

*3:昆虫の体液は、脊椎動物の血液・リンパ液・組織液を合わせたものにあたることから血リンパと呼ぶ。